【東京マラソン2026完走】マラソン後のリカバリー・怪我予防・70歳までフルマラソンを走るための体づくりを医師が解説
【東京マラソン2026完走】マラソン後のリカバリー・怪我予防・70歳までフルマラソンを走るための体づくりを医師が解説
こんにちは。五良会クリニック白金高輪 理事長の五藤良将です。
2026年3月1日(日)、東京マラソン2026を完走しました。ネットタイム4時間15分11秒。自己ベストより1時間ほど遅いタイムでしたが、五良会クリニックのロゴ入りTシャツを着て42.195kmを無事に走り切ることができました。
前半は5:04/kmの快調なペースでしたが、30〜35km区間では7:24/kmまで大失速。東日本橋〜京橋あたりでは心が折れかけ、正直かなり歩いてしまいました。しかし銀座・数寄屋橋を越えて港区エリアに入ると「地元だ!」と不思議と力が湧き、最後は腕と足を上げてフィニッシュできました。
🏅 東京マラソン2026 完走
ネットタイム 4:15:11 /ゼッケン D28784

今回のブログでは、マラソン後に身体の中で何が起こっているのか、ランナーに多い怪我とその予防法、そして私自身の目標でもある「70歳までフルマラソンを走り続ける」ために必要な体づくりについて、医師の視点から詳しく解説します。
マラソンを走る方はもちろん、日常的にジョギングや運動を続けたい方、「年齢を重ねても自分の足で元気に歩きたい」と思っているすべての方に読んでいただきたい内容です。
目次
1. 東京マラソン2026 ラップデータで振り返る「30kmの壁」
2. マラソン後に身体で起きていること ― 筋損傷・炎症・免疫・ホルモン
3. マラソン後のリカバリータイムライン ― 完全回復までの4週間
4. 科学的根拠に基づくリカバリー方法 ― 栄養・睡眠・アクティブレスト
5. ランナーに多い5大怪我と予防法
6. 加齢とマラソンパフォーマンス ― VO2maxの低下と対策
7. 70歳までフルマラソンを走るための体づくり ― 5つの柱
8. 当院でできるランナーサポート ― 内科・アンチエイジングの視点から
9. 参考文献
1. 東京マラソン2026 ラップデータで振り返る「30kmの壁」
まず、今回の実際のラップデータをご覧ください。
| 地点 | ネットタイム | ペース (/km) | 状態 |
|---|---|---|---|
| 5km | 0:25:22 | 5:04/km | 🟢 快調 |
| 10km | 0:51:02 | 5:08/km | 🟢 快調 |
| 15km | 1:17:58 | 5:23/km | 🟡 やや低下 |
| 20km | 1:46:04 | 5:37/km | 🟡 低下 |
| ハーフ | 1:52:21 | 5:43/km | 🟡 低下 |
| 25km | 2:16:00 | 6:03/km | 🟠 失速開始 |
| 30km | 2:48:42 | 6:32/km | 🔴 壁に激突 |
| 35km | 3:25:46 | 7:24/km | 🔴 最大撃沈 |
| 40km | 4:00:45 | 6:59/km | 🟢 港区で復活 |
| 42.195km | 4:15:11 | 6:34/km | 🏅 完走! |
前半の5km通過は5:04/km。快調に都庁前をスタートし、水道橋、上野広小路と気持ちよく走っていました。しかし25km以降、ペースは明らかに落ち始め、30〜35km区間では7:24/kmと、前半から約46%もペースが低下しました。
これはまさに「30kmの壁(ウォール)」です。前回のブログで解説した通り、体内の筋グリコーゲンが枯渇し、脂肪代謝への切り替えがうまくいかなくなる現象です。練習不足で筋グリコーゲンの蓄積量と脂肪燃焼効率が十分でなかったことが、ラップにはっきりと表れています。
しかし40km以降は6:34/kmまで回復しました。銀座を越えて港区に入り、見慣れた景色で精神的に立て直せたことと、途中のコカ・コーラ(糖質補給)の効果が大きかったと感じています。このように、マラソンの後半は身体の生理学と精神力の両方が試される時間帯です。
2. マラソン後に身体で起きていること ― 筋損傷・炎症・免疫・ホルモン
完走メダルを首にかけた瞬間、身体の中では壮絶な修復作業が始まっています。ここでは、フルマラソン後に各臓器・系統で何が起きているかを医学的に解説します。
筋骨格系 ― 微細な筋繊維の損傷
42.195kmの間、足は約38,000回地面を蹴ります。その衝撃は体重の2〜3倍。特に下り坂でのエキセントリック収縮(筋肉が引き延ばされながら力を出す収縮)が、筋繊維に微細な構造破壊を引き起こします。
この損傷を反映するのが、血液中のクレアチンキナーゼ(CK)です。CKは筋細胞内に存在する酵素で、筋細胞が損傷すると血中に漏出します。正常値は通常100 U/L未満ですが、フルマラソン後はこの値が数千〜数万 U/Lまで跳ね上がることが報告されています(Bernat-Adell et al., 2021)。
📊 マラソン後のバイオマーカー変動(Bernat-Adell et al., 2021)
CK(クレアチンキナーゼ):レース直後から急上昇、96時間後まで有意に上昇、144時間(約6日)で正常化
LDH(乳酸脱水素酵素):筋損傷のもう一つの指標、同様のパターンで上昇
hs-TNT(高感度トロポニンT):心筋マーカー、48時間まで有意に上昇、96時間で正常化
CRP(C反応性タンパク):炎症マーカー、192時間(約8日間)まで有意に上昇
注目すべきはCRP(炎症マーカー)が8日間も上昇し続けることです。「筋肉痛がなくなったからもう大丈夫」と思っても、身体の奥では炎症反応が1週間以上続いています。これが、マラソン後の早すぎるトレーニング再開が危険な理由です。
また、hs-TNT(トロポニンT)は心筋損傷の指標ですが、マラソン後の一過性上昇は長期的な心臓障害を意味するものではないとされています。ただし、身体への負荷がいかに大きいかを示す重要なデータです。
免疫系 ― 「オープンウィンドウ」現象
フルマラソンのような高強度の持久運動の後、免疫機能が一時的に低下する「オープンウィンドウ(open window)」現象が起きます。この免疫抑制の「窓」は、運動後3〜72時間持続するとされています(Nieman, 2007)。
メカニズムとしては、長時間の運動によるストレスホルモン(コルチゾール)の急上昇が、NK細胞やT細胞の機能を抑制します。また、体温の変動、脱水、サイトカイン(炎症性物質)の変化なども複合的に関与します。
マラソン後に風邪をひきやすいのは「人混みで感染した」のではなく、身体の免疫防御が一時的に低下していることが主因です。レース後数日間は、混雑した場所を避ける、十分な睡眠を取る、ビタミンC・D・亜鉛などの免疫支援栄養素を意識的に摂取することが重要です。
内分泌系 ― ホルモンバランスの乱れ
マラソン中、コルチゾール(ストレスホルモン)は大幅に上昇します。コルチゾールは糖新生を促進しエネルギー供給を助ける一方で、筋タンパクの分解を促進し、免疫機能を抑制する「両刃の剣」です。
同時に、筋修復に必要なテストステロンや成長ホルモンなどの同化ホルモンは一時的に低下します。このコルチゾール優位・同化ホルモン低下の状態は7〜14日間続くとされ(Kvist et al., 2018)、この間は筋回復の遅延、免疫機能の低下、睡眠の質の悪化が生じます。
中枢神経系 ― 見えない疲労
マラソン後の疲労は筋肉だけではありません。中枢性疲労(Central Fatigue)として、脳と脊髄の機能も一時的に低下します。神経筋機能の回復には3〜5日かかるとされ、レース後に「階段でつまずきやすくなる」「反応が鈍くなる」のはこの中枢性疲労の影響です。
また、マラソンに向けて何ヶ月もドーパミンやエンドルフィンの分泌が高まっていた状態から急に運動を止めることで、「マラソン後うつ(Post-Marathon Blues)」と呼ばれる気分の落ち込みを経験するランナーも少なくありません。これは正常な反応であり、徐々に回復します。
3. マラソン後のリカバリータイムライン ― 完全回復までの4週間
「1マイルにつき1日の回復」という格言がランナーの間にあります。フルマラソン(26.2マイル)なら約4週間。科学的データもこの経験則をおおよそ支持しています。
| 時期 | 身体の状態 | 推奨アクション |
|---|---|---|
| 直後〜48時間 | DOMS(遅発性筋痛)のピーク。CK・CRP急上昇。免疫オープンウィンドウ。コルチゾール高値。 | 完全休養。軽い歩行のみ。糖質+タンパク質を30分以内に摂取。電解質補給。睡眠8〜9時間。深部マッサージは避ける。 |
| 3日〜1週間 | 筋痛は軽減するが、CK・CRPはまだ上昇中。免疫機能の回復途上。アドレナリン・ノルエピネフリンが正常化。 | 散歩、ストレッチ、軽い水泳やヨガ。48〜72時間後から軽いマッサージ可。抗炎症食品(ベリー類、青魚、緑黄色野菜)を積極的に摂取。 |
| 1〜2週間 | CK・CRP正常化。コルチゾールはまだ高値の可能性。筋力は回復途上。「元気になった気がする」時期だが、構造的回復は未完了。 | 軽いジョギング再開可(低強度のみ)。インターバルやスピード練習は禁止。1回20〜30分、週2〜3回程度。 |
| 2〜4週間 | ホルモンバランス回復。筋細胞の修復完了。VO2max・乳酸閾値・ランニングエコノミーが基準値に回復。 | 徐々に練習強度を上げる。4週目以降から通常トレーニング再開可。疲労感が残る場合はさらに延長。 |
💡 医師からのポイント
プロのランナーでもマラソン後2〜4週間は完全にランニングを休むことが一般的です。12日間の完全休養で心肺機能がやや低下しますが、この一時的な低下はすぐに取り戻せます。逆に、早すぎる復帰は故障のリスクを大幅に高め、何ヶ月もの離脱につながる可能性があります。「休むことも練習のうち」は科学的に正しい格言です。
4. 科学的根拠に基づくリカバリー方法 ― 栄養・睡眠・アクティブレスト
栄養 ― リカバリーの最重要因子
マラソン後の栄養戦略は回復速度を大きく左右します。
直後30分以内:糖質1〜1.2g/kg + タンパク質0.3g/kgが推奨されます(Naderi et al., 2025)。体重75kgの場合、糖質75〜90g + タンパク質約23gが目安です。おにぎり2個とプロテインドリンク、あるいはバナナとギリシャヨーグルトなどが理想的な組み合わせです。
レース後1週間:以下の栄養素を意識的に摂取します。
| 栄養素 | 役割 | 食品例 |
|---|---|---|
| タンパク質 | 筋繊維の修復・再合成 | 鶏むね肉、卵、鮭、豆腐、ギリシャヨーグルト |
| オメガ3脂肪酸 | 抗炎症作用 | サバ、サーモン、亜麻仁、チアシード |
| 抗酸化物質 | 酸化ストレスの軽減 | ブルーベリー、チェリー、ほうれん草、ブロッコリー |
| ビタミンC・D・亜鉛 | 免疫機能の回復 | 柑橘類、キウイ、きのこ類、牡蠣、ナッツ |
| 電解質 | 神経・筋機能の正常化 | バナナ(カリウム)、味噌汁(ナトリウム)、アーモンド(マグネシウム) |
⚠️ アルコールに注意
完走の打ち上げでお酒を飲みたくなりますが、アルコールは脱水を悪化させ、筋修復を阻害し、睡眠の質を低下させます。できればレース後48時間はアルコールを控えることを推奨します。
睡眠 ― 最強の回復手段
睡眠中に成長ホルモンが分泌され、筋修復と免疫回復が促進されます。レース後1〜2週間は通常より長い8〜9時間の睡眠を確保することが理想です。マラソン後はコルチゾールやアドレナリンの影響で寝付きが悪くなることがありますが、これは正常な反応です。就寝前のカフェイン摂取を避け、寝室の温度を適切に保ち、入浴でリラックスすることが助けになります。
アクティブレスト ― 完全休養と適度な運動のバランス
完全に動かないよりも、軽い散歩や水泳など低強度の活動を取り入れるアクティブレストが回復を促進するとされています。血流を促すことで筋肉への栄養供給と代謝老廃物の除去が助けられます。ただし、あくまで「心地よい」レベルに留めることが大切です。
5. ランナーに多い5大怪我と予防法
ランニング関連の筋骨格系損傷(RRMI)の全体的な発生率は約40%と報告されています(Kakouris et al., 2021)。年間でおよそ4割のランナーが何らかの故障を経験する計算です。ここでは、特に頻度の高い5つの怪我について、メカニズムと予防法を解説します。
① アキレス腱障害(Achilles Tendinopathy) ― 発生率10.3%
ランナーの怪我で最も発生率が高いのがアキレス腱障害です。かかとの上部に痛みを感じ、特に走り始めや坂道で悪化します。以前は「腱炎(tendinitis)」と呼ばれていましたが、実際には炎症よりもコラーゲン繊維の変性・微細断裂が主体であることがわかっており、現在は「腱症(tendinopathy)」という用語が使われます。
予防法:ふくらはぎの筋力強化が最重要です。特にエキセントリック・ヒールドロップ(段差でかかとをゆっくり下ろすエクササイズ)が予防・治療の両面でエビデンスがあります。急な走行距離の増加を避け、靴のかかと部分のクッション性にも注意が必要です。
② 脛骨過労性骨膜炎(シンスプリント) ― 発生率9.4%
すねの内側に沿って鈍い痛みが広がる症状です。骨膜への反復的なストレスが原因で、放置すると疲労骨折に進行するリスクがあります。ランニング初心者や急に距離を伸ばしたランナーに多く見られます。
予防法:10%ルール(週間走行距離の増加を10%以内に抑える)を厳守。硬い路面を避け、適切なクッション性のシューズを使用。下腿の筋力強化と柔軟性の維持。
③ 膝蓋大腿疼痛症候群(ランナーズニー) ― 発生率6.3%(有病率16.7%)
膝の前面、膝蓋骨(ひざのお皿)周辺の痛みで、ランナーの怪我の中で有病率が最も高いのが特徴です。膝蓋骨が大腿骨の溝の上を正常に滑走できなくなることが原因で、長い下り坂、階段の昇降、長時間の座位後に悪化します。
予防法:大腿四頭筋と臀筋の強化が最も効果的です。特に内側広筋(VMO)の強化が膝蓋骨のトラッキングを改善します。ウォールシット(壁スクワット)、レッグエクステンション、ランジが有効です。
④ 足底腱膜炎(プランターファスシアイティス) ― 発生率6.1%
かかとの底部に鋭い痛みが走る症状で、特に朝の起き上がりの一歩目が最も痛いのが特徴的です。足底の厚い結合組織(足底腱膜)への反復的なストレスが原因で、かつては「炎症」と考えられていましたが、現在はコラーゲンの変性が主体であることがわかっています。
予防法:足の内在筋の強化(タオルギャザー、つま先でのビー玉つかみ等)。ふくらはぎとアキレス腱のストレッチ。適切なアーチサポートのある靴の選択。急な練習量の増加を避ける。
⑤ 腸脛靭帯症候群(ITバンド症候群) ― 有病率7.9%
膝の外側に痛みが出る症状で、特に下り坂での走行時に悪化します。腸脛靭帯と大腿骨外側上顆の間の摩擦が原因とされています。
予防法:中殿筋の強化が最も重要です。中殿筋はランニング中の骨盤安定に不可欠で、この筋力が不足すると骨盤が左右に揺れ、腸脛靭帯への負荷が増大します。クラムシェル、サイドプランク、シングルレッグスクワットが有効です。フォームローラーで直接ITバンドを強くほぐすのは逆に痛みを増すことがあるため注意が必要です。
🏥 当院でできること ― 内科・アンチエイジングの視点からランナーをサポート
五良会クリニック白金高輪は内科・アンチエイジングを中心としたクリニックです。整形外科的な診察は行っておりませんが、ランナーにとって重要な血液検査(鉄欠乏・貧血の評価、CK値、肝機能・腎機能、ビタミンD等)を保険診療で実施しています。「最近パフォーマンスが落ちた」「疲れが取れない」といった症状の背景に、鉄欠乏やホルモンバランスの乱れが隠れていることは珍しくありません。膝や足の痛みなど整形外科的な症状については、適切な専門医療機関をご紹介いたします。
6. 加齢とマラソンパフォーマンス ― VO2maxの低下と対策
私は現在47歳。あと23年、70歳までフルマラソンを走り続けることが目標です。この目標が現実的かどうか、スポーツ医学の研究データから考えてみましょう。
年齢によるパフォーマンス低下のデータ
マラソンのパフォーマンスは年齢とともに低下しますが、その低下率は多くの方が想像するほど大きくありません。
| 年齢層 | パフォーマンス低下率 | 備考 |
|---|---|---|
| 〜35歳 | ほぼ低下なし | ピークパフォーマンスの維持期 |
| 35〜40歳 | 約1%(5年間で) | 低下は非常に緩やか |
| 40〜70歳 | 約1%/年 | 30年間で約30%の低下 |
| 70〜90歳 | 約1.5%/年 | 低下が加速するが、走ることは可能 |
出典:Fair & Kaplan, 2017. 200名のエイジグループリーダーの5km〜マラソン結果を分析
つまり、70歳では全盛期から約30%の低下に留まります。仮に自己ベストが3時間20分(200分)なら、70歳では約260分(4時間20分)が予測値です。奇しくも今回の東京マラソン2026の私のタイムとほぼ同じです。つまり、今の練習量を維持できれば、70歳でも制限時間内でのフルマラソン完走は十分に現実的な目標と言えます。
VO2max(最大酸素摂取量)の低下
加齢に伴うパフォーマンス低下の最大の要因は、VO2max(最大酸素摂取量)の低下です。VO2maxは有酸素運動能力の最も重要な指標で、「身体が1分間にどれだけ酸素を取り込んで使えるか」を示します。
健康な非活動的な成人では、25〜30歳以降、10年ごとに約10%ずつVO2maxが低下するとされています。しかし、ここで極めて重要なポイントがあります。
✨ 最も重要なメッセージ
VO2maxの低下の50〜70%は「加齢」ではなく「不活動(運動不足)」が原因です。つまり、適切なトレーニングを継続すれば、低下の大部分は防げるということです。
マスターズ持久アスリートの縦断研究では、VO2maxの低下率が10年あたり-5%〜-46%と非常に大きな個人差があり、その分散の54%(男性)〜39%(女性)がトレーニング量の変化で説明できるとされています(Int J Environ Res Public Health, 2022)。
カナダのEd Whitlockは73歳でマラソンサブ3(3時間切り)を達成し、80歳で3時間25分を記録しました。2023年に報告された70歳のマラソン世界記録保持者の研究では、20年間でわずか4%/10年のペースでしか低下しておらず、一般的に報告される5〜7%/10年を大きく下回っていました(Frontiers in Physiology, 2023)。その秘訣は、週間トレーニング量を減らさなかったことでした。
サルコペニア(加齢性筋肉量減少)への対策
50〜70歳の間に、10年ごとに約15%の筋肉量が失われるとされています(Dao et al., 2020)。70歳以降はこの割合がさらに加速します。特にType II筋繊維(速筋繊維 ― 瞬発力に関わる筋肉)が優先的に失われるため、スピードの低下が顕著になります。
ランニングは主にType I筋繊維(遅筋繊維)を使う運動であるため、ランニングだけではType II筋繊維の喪失を防げません。これが、後述するレジスタンストレーニング(筋力トレーニング)が不可欠な理由です。
7. 70歳までフルマラソンを走るための体づくり ― 5つの柱
スポーツ医学の研究データに基づいて、70歳までフルマラソンを完走し続けるために必要な5つの柱を整理しました。
第1の柱:走り続ける ― 継続は最大の武器
最も重要なのは「走り続けること」です。マスターズアスリートの研究が一貫して示しているのは、VO2maxの低下率はトレーニング量と強く相関するということ。トレーニングを完全にやめると、わずか12週間でVO2maxが20%も低下するというデータがあります。しかし逆に、トレーニングを再開すれば、失ったVO2maxの多くを取り戻すことができます。
ポイントは「毎日走らなければならない」のではなく「長期間やめない」ことです。私自身、正直なところ日々の診療に追われてなかなか走る時間を確保できていないのが現状です。今回の東京マラソンでも練習不足がラップにはっきり出てしまいました。だからこそ、まずは診療の合間に5〜10分でもジョギングする習慣を作ることから始めようと思っています。短い時間でも「やめないこと」が、長い目で見ると大きな差を生みます。
第2の柱:レジスタンストレーニング ― 筋力維持は必須
40歳を過ぎたランナーにとって、週2〜3回の筋力トレーニングはもはやオプションではなく必須事項です。
ランニングだけでは失われる速筋繊維を、レジスタンストレーニングによって維持・増強できます。さらに、筋力強化は腱や靭帯の強度も高め、先ほど解説した5大怪我のリスクを大幅に低減します。
特に重要な筋群と推奨エクササイズは以下の通りです。
| 筋群 | 重要性 | 推奨エクササイズ |
|---|---|---|
| 臀筋(大殿筋・中殿筋) | 推進力の源。骨盤安定化。ITバンド症候群・ランナーズニー予防 | スクワット、ランジ、ヒップスラスト、クラムシェル |
| 大腿四頭筋・ハムストリングス | 膝関節の安定性。着地衝撃の吸収 | レッグプレス、レッグカール、ウォールシット、ステップアップ |
| 下腿(ふくらはぎ・前脛骨筋) | アキレス腱障害・シンスプリント・足底腱膜炎の予防 | カーフレイズ(エキセントリック含む)、トーレイズ |
| 体幹(腹筋群・脊柱起立筋) | ランニングフォームの維持。後半の姿勢崩れ防止 | プランク、サイドプランク、デッドバグ、バードドッグ |
| 足の内在筋 | 足底腱膜炎の予防。アーチの維持 | タオルギャザー、ショートフットエクササイズ |
第3の柱:Zone 2 トレーニング ― 低強度で長く走る
最近のスポーツ医学で注目されているのがZone 2 トレーニングです。Zone 2とは、心拍数ゾーンで言えば最大心拍数の60〜70%程度、「会話ができるペース」での有酸素運動です。
この強度のトレーニングは、ミトコンドリアの数と機能を増強し、脂肪酸の酸化能力を高め、毛細血管密度を向上させます。つまり、身体の有酸素エンジンの基盤を強化するトレーニングです。60歳以上の成人でも、8〜12週間のZone 2 + Zone 4(高強度インターバル)トレーニングでVO2maxが5〜10%向上したという複数のメタアナリシスが報告されています。
週の練習の80%はZone 2(ゆっくりペース)、20%はZone 4〜5(テンポランやインターバル)という「80/20ルール」が、加齢とともにパフォーマンスを維持するための基本的な練習配分です。
第4の柱:回復を優先する ― 年齢とともに回復時間は延びる
加齢に伴い、トレーニング後の回復時間は確実に延びます。若い頃と同じ頻度・強度で練習すると、オーバートレーニングや故障のリスクが高まります。
具体的には、ポイント練習(強度の高い練習)の間に最低48〜72時間の回復日を設けることが重要になります。また、ウォームアップとクールダウンを以前より長くとる、フォームローラーやストレッチを習慣化する、定期的なスポーツマッサージを受けるなど、「リカバリーの質」を高める工夫が必要です。
第5の柱:身体のメンテナンス ― 定期検査と早期対応
長く走り続けるためには、身体の定期的なメンテナンスが欠かせません。
| 検査項目 | 目的 | 頻度 |
|---|---|---|
| 血液検査 | 貧血(鉄欠乏)、肝機能、腎機能、甲状腺機能、ビタミンD | 年1〜2回 |
| 心電図・心エコー | 不整脈、心臓弁膜症、心肥大のスクリーニング | 年1回 |
| 骨密度検査 | 骨粗鬆症のリスク評価(疲労骨折の予防) | 50歳以降2〜3年ごと |
| 運動器の評価 | 膝・股関節・足の可動域、筋力バランスの確認 | 年1回 |
特にランナーに多いのが鉄欠乏性貧血です。ランニングの着地衝撃で赤血球が破壊される「足底溶血(foot-strike hemolysis)」に加え、発汗や消化管からの微量出血により鉄が失われやすくなります。フェリチン値が低い場合、パフォーマンスの低下だけでなく疲労感や息切れの原因にもなります。当院では保険診療で血液検査が可能です。
🎯 70歳でフルマラソンは現実的か?
スポーツ医学のエビデンスは明確に「Yes」です。627回のマラソンを完走し91歳まで走り続けた男性の症例報告(PMC, 2015)では、48歳でマラソンを始め、50〜64歳では完走タイム約240分(4時間00分)を安定して維持し、70代前半でも約260分(4時間20分)で走り続けていました。また、70歳で2時間54分23秒のマラソンを走った男性も報告されています。必要なのは才能ではなく、継続的なトレーニング、筋力維持、適切な回復、そして定期的な身体のメンテナンスです。私自身、この5つの柱を実践しながら、70歳の東京マラソンを目指します。
8. 当院でできるランナーサポート ― 内科・アンチエイジングの視点から
五良会クリニック白金高輪は内科・アンチエイジングを中心としたクリニックです。「走る身体を内側から整える」という視点で、ランナーの皆さまをサポートしています。
PURE FLOW(ピュアフロー) ― 横になるだけで8kmのジョギング効果
当院2Fでは、ランナーのリカバリーとコンディショニングに最適な医療機器「PURE FLOW(ピュアフロー)」を導入しています。
🏃 PURE FLOW(ピュアフロー)とは?
臀部からふくらはぎにかけて両脚にカフを巻き、心拍に同期して収縮圧を加えることで血液循環を改善する「体外式カウンターパルセーション(ECP)」と呼ばれる医療機器です。FDA(米国食品医薬品局)より血管拡張の改善・酸素摂取量の増加・血流の増加で承認を取得しています。
30分
= 8kmジョギング相当の運動効果
⚾ 大谷翔平選手所属の
ドジャーズでも使用
初回限定 30分 9,800円 / 60分 18,000円(税込)
マラソン後のリカバリーにおいて、血流改善は筋損傷の回復と代謝老廃物の除去を促進する重要な要素です。PURE FLOWは横になっているだけで効率的に血液循環を改善できるため、レース後で身体を動かせない時期のリカバリーツールとして、また日常のコンディショニングとして活用できます。
脂肪燃焼注射・点滴(主成分:L-カルニチン)との組み合わせも可能です。L-カルニチンは体内の脂肪をエネルギーとして使われやすい形に変える働きがあり、PURE FLOWとの併用でより高い代謝アップが期待できます。
内科的検査・ダイエット外来
| サポート内容 | 詳細 | 保険適用 |
|---|---|---|
| 血液検査 | 貧血・鉄欠乏(フェリチン)、肝機能、腎機能、CK値、ビタミンD、甲状腺機能など | 保険適用 |
| 健康診断・心電図 | 定期的な身体チェック、不整脈スクリーニング | 保険適用 |
| ダイエット・栄養指導 | マンジャロ等の肥満治療薬+運動療法の組み合わせ | 一部自費 |
| PURE FLOW | 体外式カウンターパルセーション(ECP)による血流改善・リカバリー・代謝向上 | 自費 |
| 脂肪燃焼注射・点滴 | L-カルニチン配合。PURE FLOWとの併用で代謝効率UP | 自費 |
| 疲労回復・ビタミン点滴 | レース後のリカバリーサポート、ビタミンC・B群・グルタチオン等 | 自費 |
ダイエットを考えている方には、「運動+医療」の組み合わせが最も効果的です。前回のブログでご紹介した通り、1日5〜10分のジョギングだけでも、全死亡リスク27%減、心血管死亡リスク45%減という強力なエビデンスがあります(Lee et al., JACC 2014)。当院のダイエット外来では、マンジャロなどの薬物療法と運動療法を組み合わせ、医学的根拠に基づいたサポートを行っています。
膝や足の痛みなど整形外科的な症状については、当院は内科を中心としたクリニックのため専門外となりますが、適切な整形外科・スポーツ整形の専門医療機関をご紹介いたします。まずは内科的な原因がないか確認したうえで、最適な医療につなげますので、お気軽にご相談ください。
9. 参考文献
1. Bernat-Adell MD, et al. Recovery of inflammation, cardiac, and muscle damage biomarkers after running a marathon. J Strength Cond Res. 2021;35(3):626-632.
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